良い旅を

一ノ瀬志希、宮本フレデリカ『クレイジークレイジー』、あるいはMCTCの歌詞について

 

 

utaten.com

 作詞:BNSI(MCTC)
 作曲・編曲:BNSI(Taku Inoue)

 サウンドが最高なのは自明なので歌詞の話をします。
「ラストのI love you」を最初に言うというのは明らかに「ありきたりなロマンス」の骨法を破っているし、その後「壊れそうなキスしたまま映画が終わる」ときたら、そんな映画はショートフィルムとしてすら成立することは困難だろう。フィクションの公式というのが要するにひとびとの了解で成り立っている以上、そこは社会的に承認される欲望の範囲でもあって、その極限を踏み越えて愛の告白をを最初にしてしまう存在は、「クレイジー」という指弾を免れることはできない。「きみと空飛びたい」にしても。
 だからこの曲を激しい感情によるものにしろ、あるいは生来のものにしろ、凡人の道理を外れてしまった人間の悲哀ならびにそのうつくしさ、と捉えることは簡単だし、作中世界においては、歌唱者二人のイメージからしても、そういった方向性で説得力を発揮していそうな気はする。*1けれどもメタな立場にいる人間としては、その手の見方には抵抗したいとも思っていて、この曲からそれなりに多くの人が引き出すだろう「百合」というモチーフ(まあ「女性」が二人で恋愛の歌を歌っているからすなわち「女性同性愛」だ、という順接も相当に危ういと思うが、我ながら)がまさにそうなりがちであるように、タブーであるから美しい=承認されるためにはタブーであり続けることを要求される、という構図は端的に言って残酷だし、非道だ。たとえギフテッドだろうとサイコパスだろうと、どんな欲望を抱いていようと、それのみをもって断罪されるべきではない。

走るヒーロー

優しくて勇敢で素敵なんだ

きみの方がね

を私は「素敵なんだ」のみが「きみの方がね」にかかっていると読んでいるけれど、いかにも社会的に「素敵」とされる理由がたくさんあり、そもそも自明に素敵な存在として承認されている「ヒーロー」よりも、無冠の「君」のほうが素敵なことだってありうるし、そこには何の理由もなくたってよいのだ、この曲での展開の唐突さのように(しかしここの急旋回、ドライブ感は何度聴いてもすごい)。


 MCTC氏の歌詞は「旅に出がち」「何かを探しがち」「今夜がち」と作曲家兼専属マネージャーのTaku Inoue氏も指摘している。*2他の頻出語の「宇宙」「星」と合わせ、「ここではない場所への憧れ」というモチーフがこのあたりの語に象徴されているのだと思う。
 とはいえワンパターンかというとそんなことはない。定番「ユー・アー・リスニング・トゥ・レディオ・ハッピー」(『Radio Happy』)や「世界はもうぼくらのもの」な『そしてぼくらは旅に出る』、極めつきは「どんな永遠も全部過去にして君を連れ出してあげる」(『Light Year Song』)とまで言い放つユーフォリックな歌群もあれば、「君がもしその手を離したら/すぐにいなくなるから /手錠の鍵を探して 捕まえて」「流れ星を捕まえて この足に縛ってよ」と、まるでお互いを自分だけのものにするためだけに宇宙を求めるかのような『Hotel Moonside』、「明日にならないパーティー ある気がしてた」けれど「もうタイムアップ 朝だから」挫折する『99 nights』(美希のソロが最高)、そして「ここ」にいたまま「ここ」の住人ではなくなってしまう『クレイジークレイジー』。
 ときに曲全体でのストーリーの構築に寄りながら、そういった場合でも細部のフレーズにもキャッチ―さやかがやきがちゃんとあって、決して全体に奉仕するものにとどまっていないところもよい。『Honey Heartbeat』をカーセックスの歌だと思おうとそれが叶わず失恋したと受け止めようと、「今何時? んー0時かあ/シンデレラはベッドで寝る時間/だけど3つ数えてヒミツ作ろう」の怪しさや「シート倒したらねえ、you see?/Gimme君のAtoZ」の格好良さに変わりはないし。*3
 今更言うまでもないけれど韻もキレキレだし。個人的には「サーフボードの上 真夏の夜の夢」「眠るハイビスカス 愛に気付かず/君の手まで果てしないディスタンス」(Pon de Beach)が最高だと思います。

*1:あくまで歌唱者というバイアスがかかったときこの曲がどう受け止められるかの話であり、歌唱者=志希・フレデリカがどういう存在だと思われているか、どういう存在か、ではない

*2:https://twitter.com/ino_tac/status/1057641560559431680
https://twitter.com/ino_tac/status/1057641705158000640

*3:しかしおそらくMCTC初登場でTaku Inoueが関わっていないこの曲の歌詞が一番はっちゃけている気がする。またこういうの(性的なものという意味ではない)書いて欲しい