良い旅を

島田荘司『占星術殺人事件』


 改訂完全版。図書館でノベルスの背表紙と目が合ったので。タイトルはけっこうな言われようのようだけれど、個人的には素晴らしいと思う。妖しい、得体のしれない香りがして、これしかない、と思う。もっとも風格のようなものを感じたのは歴史的な作品だと言われていることくらいは知っていたからであって、そうでなければありふれたタイトルと感じていたのかもしれないが。


 結論から言うと、十分に期待以上に面白かった。日本ミステリー史に残る傑作、という風評の時点で高かったハードルを、40年前の未解決事件、しかも戦中戦後の混乱で忘れられたなどの類ではなくめちゃくちゃ注目されていたもの、という設定で更に上げられていたはずなのだけれど。タイトルに偽りなしの怪事件に、ハードルを乗り越える解決。
 生者は(たぶん)自分しかいない深夜の葬儀場という、いかに有名作とはいえなかなかこの環境で読んだ人はいないのではないかという状況にあって、最初のほうは正直怖かったけれど、いつの間にか作品に夢中になっていたようでまるで気にならなくなった。日頃ほぼネタバレというものを気にしないけれど、この作品に関しては知らずに読めて良かったな、と素直に思う。


 平吉の「小説」(冒頭の謎文書で読者を振り落としてくる作品はトールキニストとして無条件に応援したい)は、いかにも「戦前のいろいろ考えているけれど別に文章がうまいわけではない人の手記」感が出ていて妙なリアリティを感じた。なにより面白かったのは対話だけで進む推理だ。ページじゅう鉤括弧だらけ。短篇ならまだしもこれが100ページ以上も続くというのは見たことがないけれど、テンポの良さがだんだん癖になってくる。
 それだけに京都パートはあまり好意的には読めない。京都愛好家の間では四条河原町京都タワーの次に評判が悪い、という台詞には笑ったが(今となってはどちらも「今更文句を言っても仕方がない」枠に入っている気がする)。一度目の読者への挑戦を読んで正直ちょっと文句を言いたくなった。その先はまさに怒濤の展開だったので満足したけれど。


 推理にしろ雑談要素にしろ、決めつけが激しいのは気になった。「実の娘を殺さないだろう」みたいな言説。別に解決には関係しないとはいえ、いやこんなめちゃくちゃな事件を前にしてそんな道徳観を持ち出されても、とか、そもそも俗世間を超越した探偵がそんなつまんないこと言うか? とか突っ込みたくなる。
 随所に見られるデビュー作らしい(という言い方もいかにも偏見の産物だが)エナジーや感傷も読みどころだと思う。綱島という地名をおそらくはじめてフィクションに見出せたこともポイントが高かった。