良い旅を

短歌作品(2012-2017)

 2012年から2017年の間に発表した短歌作品*1を公開します。昨今の騒ぎで暇になった方や元々暇な方、暇でなくても興味のある方はお読みいただければ幸いです。
 ちなみにこの期間の自選10首はこちらです。

hanasikotoba.hatenablog.com




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 感染症が流行していようといなかろうと人間はいつでも死にうるし、個人的には特に気にして生活しているわけではない(手洗い・うがいは習慣だからしている)けれど、持病を考慮すると平均より重症化リスクは高そうだし、私が死んで作品が散逸したら勿体ないので公開しておくことにしました。もし死んだら、どなたか遺歌集でも出していただければ幸いです。同人誌でよいので。
 死ななければ感染症騒ぎが落ち着いたあたりで公開停止します。生きていればいつか自分で出すつもりの歌集ではここに収録されている連作にもだいぶ手を入れるだろうし、もちろん新たな作品も加えるので、面白いなと思ったらそのときは買ってください*2

*1:初期を中心に落とした作品あり

*2:まあ公開停止してから歌集を出すまでに死ぬ可能性も当然あるけれど、一度公開しておけばダウンロードして保存してくれている人がどこかにいるでしょう

自選10首(~2017)

(展開によっては奪う)はつなつの花野にきみが濡れそぼち立つ

朗読をかさねやがては天国の話し言葉に到るのだろう

おそなつが非在のきみを在らしめて晴れるって言ってくれたのみどの

坂沿いののぼりに一つずつふれる 祭りのあとの寺へとすすむ

落ち合えばそこがうみでいっせいに鳥が飛ぶのを眺めてました

Где море?海はどこ? と聞けばかすかに笑いつつゆびさす氷の果ての氷を

そこで打つ手なら電車で決めてきてだれに絆されても変わらない

歩行者天国ほこてんもだって天国なのだから天使のような服をきようよ

関係を名づければもうぼくたちの手からこぼれてゆく鳳仙花

香港の十分おきに雨が降る映画のなかの雨の香港


1.「失うまえに」『早稲田短歌』43号
2.「往信」『羽根と根』創刊号
3.「走る」『羽根と根』 2号
4-5.「湖辺で」『羽根と根』3号
6.「橋と水/ペテルブルク」『羽根と根』4号
7.「到達」『羽根と根』5号
8.「パーリデイ」『一月一日』vol.4
9.「探偵と天使」『羽根と根』6号
10.「早春賦」『tanqua franca』

松田直樹のこと

 僕がマリノスを応援しはじめたのは2010年のワールドカップのあとで、だから僕はその選手が活躍しているところをあまり見たことがない。
 サポーターからは「マツ」と呼ばれている彼が日本代表としてワールドカップにも出たことのある選手で、生え抜きの「ミスターマリノス」であるということは知っていた。スタメン発表で名前がコールされたときのスタジアムの盛り上がりも体感した。けれども松田が出たワールドカップは、中村俊輔が落選した代表発表会見くらいしか印象にない8年前のもので(当時は野球少年で、会見を見たのもたまたま友達の家にいたからに過ぎない)、2010年の松田の見せるパフォーマンスは彼が浴びている大歓声ほど特別なものには見えなかった。
 そういうわけでそのシーズンの終了前に彼が契約非更新(要はクビだ)になるというニュースがスポーツ新聞に踊っても僕にはさしたる感慨もなくて、多くのサポーターがインターネットで怒っているのも、クラブハウスの前に座り込んで撤回を求めていることにも全然ピンとこなかった。別に嫌いなわけじゃない、新米ファンであっても知っていた彼にまつわるエピソードには、人間的な魅力を感じるものが多かった。でもプロスポーツなのだから戦力にならないと判断された選手と契約しないのはしょうがないことじゃないか。ちょっと反発した。
 シーズンの、そして松田にとってマリノスでの最後の試合はテレビで観た。試合後の監督や社長のスピーチは、大ブーイングと松田のチャントでかき消されていた。ナーオーキ、ナーオーキ、ナーオーキ、直樹オレ! なんだか居たたまれない気分になってテレビを消したので、彼のマリノスでの最後の挨拶は観ていない。


 翌年の8月、日課どおりインターネットでマリノス関連の情報を収集していると、松田が移籍したチームの練習中に倒れたというニュースが目に飛び込んできた。サポーターはみんな祈って、そのことをSNS掲示板に書き込んでいて、僕も祈って、でも書きこむことはできなくて代わりに動画サイトを彼の名前で検索した。ディフェンダーというポジション柄か、プレーしている映像はあまり見つからなかったけれど。例の最後の挨拶もそのとき観た。モニターの中の観客は怒っていたり泣いていたりしていて、今はこのひとたちがみんな泣きながら祈っているのだろうかと考えた。
 しかしいまさらいくら映像を観ても過去に遡って松田と時間を共有することはできないのだ。僕は部外者だった。
 8月4日、桜木町の中央図書館から歩いて帰る途中、少し遠回りしてマリノスタウンの近くを歩いていると、突然大粒の雨が降ってきた。空は晴れているのに。インターネットを見ると「涙雨」という語がいくつも書き込まれていて、彼が亡くなったことと、知らなかった言葉を知った。



 2015年、大学でもぐっていた創作系のゼミで、スポーツにまつわる文章という課題で提出したものに加筆修正した。私以外にサッカーに関心がありそうな参加者はおらず*1、討議はまるで盛り上がらなかったのだけれど、飯田出身だという後輩が、この選手の話をテレビで観た記憶がある、と言っていた。その人は松本山雅のこともうっすらとしか認識していなさそうだったけれど、むしろそういう人の頭の片隅に松田が残っていることに、なんだか感慨というか、救われたような気持ちが湧き上がってきて、少し泣きそうになったことを覚えている。

*1:もぐりを含め2-30人ほどのゼミ生(もぐりを含む)のうち、プロ野球についても日常的に観ていそうなのは私以外に1人だけだったので、エンターテイメントとしてのスポーツ(観戦)とは親和性の低い場だったのだと思う。他に学内スポーツ紙の記者はいたけれど

笠木拓『はるかカーテンコールまで』十首選

ショッピングモールはきっと箱舟、とささやきあって屋上へ出る


 この歌の構成要素の重要度に順位をつけるとしたら、①ショッピングモール=箱舟という発想、②「屋上へ出る」という着地点だと思うけれど、③にあたる「ささやきあって」というディテールこそがイメージを喚起し、読者に歌を体感させるわけで、そこを書けるかどうかが作者としての力量の分かれ目なのだろう。
 

ケータイを畳み両手で胸に当てあこがれこがれこわがるなかれ


「だるいせつないこわいさみしい」*1の順番をしばしば忘れる私でも、「あこがれこがれこわがるなかれ」は初読から忘れたことがない(「こわがるなかれ」は一纏めだしアンフェアな比較だけれど)。読んでいると胸がどきどきするような、甘酸っぱい気持ちになる。


子どものころのことを訊かれてある雨の夜の搭乗ゲートを告げる


おみくじをすんと結びぬ 妹の祈るいいもとれたことだし


お姉ちゃんみたいなひとがまたひとり人妻になる 縁石をゆく


「お姉ちゃん」ではない人を「お姉ちゃんみたいなひと」と捉えることは、自分との間に何らかの関係性が結ばれることへの欲望を示唆しているけれど、それが具体的にどういったものかはそこまで明確にはならない。それは社会において、男性が*2「お姉ちゃんみたいなひと」と他者(たいていは女性だろう)を思うことは肯定されがたく、欲望が隠匿されてきたからだろう。一方で「人妻」という捉え方は社会に溢れていて、そう名指すことがほとんど特定の欲望の言明と不可分だ。
 相手を「人妻」として捉えることは、「お姉ちゃんみたいなひと」に/との間に自分が望んでいたものを固定しかねない。それは読者の読解上も、そしておそらくは主体自身の内面においても。けれども、特定の感情に回収しがたい――危うさの喩のような行為とも取れるし、それこそ「お姉ちゃんみたいなひと」と捉えることが社会に承認されやすい幼少期に軽やかにやっていたことでもある――「縁石をゆく」で歌が終わることにより、欲望はぎりぎりのところで固定されずに済み、そのことに正直なところ安堵し、安堵していることを自覚してどれほど自分がこの歌に捕らえられていたかに気づいた。


ぼくの夢は夢を言いよどまないこと窓いっぱいにマニキュアを塗る
でもこれは記録だ。ぼくのかじかんだ手が書く一度きりの夕焼け


minasokosunadokei.hatenablog.com


 志村貴子放浪息子』がエピグラフに引かれた連作から。この連作「For You」*3は短歌による二次創作として最良のものと信じているけれど、なかでも最初と最後の歌にあたる、それぞれ冒頭で最終巻にある言葉を引用しているこの二首は、そこからの展開のしかたが本当にすばらしい。


美樹さやかに僕はなりたい鱗めく銀の自転車曳くゆうまぐれ


 今は忘れられたTwitterアカウントでの青年時代には私は美樹さやかアイコンだった。私は今でも美樹さやかになりたいだろうか?


だが会いにゆかねば遠く尖塔がふかぶかと藍にしずむ夕暮れ


 倒置でもないのにいきなり接続詞からはじめ、前提条件を隠匿することで主体の思いをクローズアップする、という現代短歌にありがちな技法*4を用いた歌は、往々にして切迫感や息の苦しい感じを与えるけれど、この歌にはどこか余裕や息の長さが感じられる。いや、「だが」と言っているからには何らかの懸念や葛藤はあったのだろうけれど、それはもう済んだことで、とっくに覚悟は決まっている、というか。「ふかぶかと藍に」の八音が効いていると思う。


終バスを映画で逃す 雨音をやがて失う世界を歩む


 バスを逃して歩いて帰っている、という出来事と歌を読んで受ける印象があまりにかけ離れている。世界からはいずれあらゆるものが(世界そのものさえも)失われる、という立場に立てば、「()をやがて失う世界を歩む」にはいま世界に存在する任意のものを入れればよく、そういう歌だと思っているけれど、そこで「雨音」を選ぶのは格好良すぎない?

*1:サバンナの象のうんこよ聞いてくれだるいせつないこわいさみしい/穂村弘

*2:いや主体が男性とはこの歌にも歌集のどこにも書いてないのだけれど

*3:このタイトルもアニメ版のED曲から取っていると思われる

*4:便宜的に「逆言いさし」なんて呼んでいるけれど、我ながらダサすぎるので適切な呼称があったら教えてほしい

『Q短歌会機関紙』第二号

 第二十九回文学フリマ東京で購入。機関紙なのか機関誌なのか。表紙や奥付は「紙」だけれど、巻頭言は「誌」になっている。辞書的には「誌」と呼ぶべき形態だと思うけれども。
 会員の連作・一首評に加え、ゲストの岡野大嗣・初谷むいの作品とダブルインタビューが掲載されている。


この先コンビニはありません こういうのすぐ撮るよね、いい感じに撮れた?
/岡野大嗣「ゆきとかえり」


 歌を複数の部分に分けてポリフォニックにする、というのは現代短歌ではだいぶ定着した手法だけれど、この歌では最初の声と思われたものが実は「声」ではないところに裏切りがある。そして三句以下の(今度は正真正銘の)「声」の発話者がいて、それを受け取っている、看板? を撮った、沈黙の「声」の発話者がいる。短歌一首に三人以上の人間を、いわゆる「顔を持つ」ものとして登場させるのは難しいなんて言うけれど、この歌には二人と一枚(?)が実に生き生きと登場していると思う。


 ダブルインタビューはめちゃくちゃ長い。これで何万字くらいになるのだろう。
 聴き手側が自身の主張をどんどん展開するところが、良い意味で学生サークルの機関誌っぽいなあと思う。

岡野:音楽だと初期衝動みたいなのが出てることが多いじゃないですか、1stアルバムとかって。歌集って結構みんなある程度経ってから出すから、ホントは載せてても良いような、ちょっと青臭いやつとかが載らなかったり落ちたり自分で削ったりすると思うんですけど、
青松:1周してから出す風潮はありますよね。8年くらいやってこう……見えてきた、みたいな。
岡野:みんな第3歌集みたいな第1歌集になってくるような気がして。


 確かに、と思った。最初数年の歌は全部捨ててしまうという人もけっこういるけれど、そのなかにも好きな歌が合ったりすると勿体ないなく感じる。
 歌人は歌集を出すとき、自らの美意識にそぐわない歌は徹底的に捨てがち(まあ出したことないから本当のところは分からないが)で、それが美徳とされる傾向もある気がするけれど、もう少しファジーに作っても良いのかもしれない。

青松:今、2019年に生きてる(ほとんどの)人って、短歌を好きになるより(前に)絶対に音楽とか、他のカルチャーを好きになるフェーズがありますよね。最初に好きになるカルチャーが短歌って、あんまりない。

 この記事で書いた話とたぶん近い。 

初谷:あと新鋭短歌で好きな歌集は、学生短歌が大好きな『トントングラム』、『緑の祠』。
青松:その二冊は学生全員読んでるんじゃないかとっていう。
初谷:学生全員読んでる説ありますね。みんな大好き。


 私はその2冊が刊行された頃まだ学生だったけれど、特に『トントングラム』に関しては、「学生短歌(会)」とは割とフィールドが違うものだと思っていたので、今はそうなっているのかーと思った。『緑の祠』にしても私はとても好きだけれど、「学生全員読んでる」という印象はまるでなかったし。もっとも私は早稲田短歌会と言う学生短歌会のなかでは相対的に規模の大きい団体にいた一方、他のサークルとの交流はそこまで多くなかったので、「学生」で想像している層が違う可能性はある。


 インタビュー中で引かれていた歌から。


炭酸のペットボトルに花をさす 猫扱いもうれしかったよ 今さら?(笑)
/初谷むい


 定型が終わってからすべてをひっくり返す「今さら?」のみが強く記憶に残る。アンチ短歌的短歌?


ぼくはもうこれがトゥルーマン・ショーだって気づいたぜ ロン 九蓮宝燈ちゅうれんぽうとう
/濱田友郎


 何度見ても名歌だと思う。九蓮宝燈和了る機会があったら絶対に言いたい。もう何年も麻雀やってないけれど。


 会員の連作は10本・一首評は1本。巻頭の目次に会員作品の情報がなかったので、中扉にはあるかと思ったがなかった。目次はつけてほしい。


ハイスピードカメラでゆっくりな動画を撮ってよなにかを忘れるほどゆっくりな
雨の音 というより金属の音 うるさい うるさくて眠れない
/青松輝「metaphor」


 ハイスピードカメラで動画を撮ってほしい、という現代的な・些細なものだったはずの要求が、歌の終わりには、なにか呪術的な、不穏で危険な求めに変化している。
 サッカーのVAR*1で、スロー再生をするとファウルにより厳しいペナルティを科す傾向にある*2という問題も思い出した。「スローは強さ・速さ、インパクトの衝撃が全部見えなくなって、『ぶつかったかどうか』という現象だけにな」るという話が端的に表しているように、ひどくゆっくりな映像は現実感を喪失させるから、その延長で記憶を失うこともあり得るかもしれない。大幅に字余りしていた上句から下句でほぼ定型に収まることにより、読みが減速されることともシンクロし、この下句自体が「なにかを忘れるほどゆっくりな」ものなのにも感じられる。とても好きな歌。
 二首目、「うるさい」と言っているけれど、歌のトーンはまったくうるさそうに見えない。そのせいで「うるさい」と感じている主体の内面がむしろフォーカスされる。
 連作としてもとても良かった。


何でもない日に僕たちはおしゃれして行くんだスタジオ・アリスに狩りに
/佐藤翔「この町はリバー」


スタジオマリオ」でも「カメラのキタムラ」でもこの歌は駄目なわけで、歌のなかで固有名詞が効いている、チョイスがうまい(いわゆる「語が動かない」)というより、むしろこの歌に相応しい固有名詞がこの世にあってよかった、と感じる。「アリスに狩りに」の韻律もいい。


しんじゃえーる、 わたし、いがいを、 よぶ の、なら ? きみに、あげるの、しんじゃえーるを*3
/藤井茉理「黄色憐歌」


 最初は「死んじゃえる」に「ジンジャーエール」を掛けた単なる言葉遊びだと思ったが、結句に至るとそれは「あげる」ことが可能なものとなっており、それはただの「死んじゃえる」ではありえない。「ジンジャーエール」の物質的性質と「死んじゃえる」の双方を持つ謎のものがそこに存在している。「しんじゃえーる」、もらいたくない。
 

*1:Video Assistant Referee、いわゆるビデオ判定

*2:なぜこの記事が医療ニュースのサイトに掲載されているのか謎

*3:改行の関係上、誌面からは「あげるの、」後の字空けの有無が判別できない

『ぬばたま』第四号

 第二十九回文学フリマ東京で入手。1996年生まれによる短歌同人誌。*1
 連作11本*2(ゲスト一人を含む)と一首評4本に加え、平岡直子による前号評が掲載されている。


エスカレーターから降り立つひとりひとりをよく見る 正解はひとつだけ
正しいことを言う人に質問をすると何時でも正しいことを言ってくれる
乾遥香「永遠考」


 一首目、「正解」とは常識的には待人のことで、自分にとっての正解なのだろうけれど、こう書かれると普遍的に「正解」であるただひとり(ひとつ)の人間がいるように見える。そして「正解」があるということは、それ以外はみな「不正解」であるわけで、恐ろしい。
 二首目、「何時でも正しいことを言」う人なんているわけない(と私は思う)し、トートロジーめいた書き方からしてもアイロニーがあると受け止めるのがオーソドックスな読みかと思うが、あるいは本気で言っているのでは、という不安を抱かされるのは、「言ってくれる」の字足らずによる気がする。もちろんアイロニーと本気は二分できるものではないし、割合の問題なのかもしれないが。
 連作としても好きでした。タイトルも格好良いし。


ゲーセンの前にふたりは落ちあつて雪降るしづけさから騒音へ
/岐阜亮司「過去について」


「騒音」という音声的な、それもごく短い描写だけで、外部と大きく異なるゲームセンターの空間を総体として喚起する手腕が見事。落ち合う場所の設定や、そこから歌のなかでの移動する距離・時間の小ささも好ましい。


知らない人の噂話を聞かされて毎ターン500のスリップダメージ
/篠田葉子「呼吸器疾患」


 上句の現世にありがちな場面に突如ターン制が導入される驚き。作意はもしかすると「スリップダメージ」のほうにあるのかもしれないけれど、仮にそちらの情報が先に提示されていたらあまり面白くなかったし、語順で成功している歌だと思う。毎ターン500ってどれくらいなのかな。そもそも人生というゲームでは最大HPはどれくらいが目安なのだろう。


遠いけどまぶしくはないものとして喫煙室の火の貸し借りを
/佐々木遥「途方のない人生」


 遠いものはたいていまぶしい、という裏にある認識の提示が眼目の歌と読んだ。「遠い」ものという印象を持ちつつ、しかし下句の状況を目視できる距離はそれなりに具体的にイメージでき、それは提示した認識に対して「ちょうどいい」距離だと思う。「遠い」と明記されているものに対して言うのも変だけれど。


友達の頼むメニューを決めてやる毎日同じ服の私が
友達が音読をするときの語気 飛べているのが謎のはばたき
/大村咲希「学生短歌会合同合宿二〇一九夏」


 一首目、謎の卑屈さに笑うけれど、そんな私にメニューを決められる友達まで卑下に巻き込まれているようでもある。
 二首目、「語気」=「はばたき」と読んだけれど、下句の喩にパワーがありすぎる。


 連作のほかに、テーマ詠:「黄」がある。
 「テーマ詠」というのも考えてみれば珍妙な言葉だけれど、短歌業界一般的には「詠み込みが義務でない題詠」という意味で使われていると思う。とはいえ禁止されていない限り(聞いたことがない)、普通? に詠み込まれることも多いだろうし、ここに掲載されている歌にもそういった例はあるけれど、そうでない歌がなんだかすごい。


ユーチューバーの解散を照らす月 海まで百十五キロ/大村咲希
ひよこっこっこ~きみもげんきでやっとくれわたしは変な歌を歌うよ/初谷むい
   詞書:ポムポムプリン
囚われの犬をあなたは見つめつつわたしの100円も使い切る/乾遥香


 ユーチューバーと「黄」にどういう関係があるのかとしばらく考え込んでしまったが、ひょっとして月=黄色、ということだろうか。
 いや確かに月もひよこも黄色いけどさ、そんなのありかよ、三首目なんてもう「黄」要素が詞書にしかないじゃん……と突っ込みたくなったが、考えてみれば詠み込み義務の題詠の場合は題を詠み込んでさえいれば何でもありで、むしろ題の第一印象からどれほどかけ離れたものにするかに血道を上げるようなひねくれ者すらいる(私とか)。だとすると、「テーマ詠」は「題詠」の単に縛りがゆるくなったものだと自分は思っている、と思っていたのは違ったのかもしれない。

*1:Twitterアカウントより

*2:連作を数える単位がわからない

杉山祐之『覇王と革命 中国軍閥史一九一五―二八』

覇王と革命:中国軍閥史一九一五‐二八

覇王と革命:中国軍閥史一九一五‐二八

 茂宸、何をやっているんだ。あなたは私の先生だ。私より年長だ。私は何もかもあなたに教わった。私はあなたの後輩だ。しかし、忘れたのか。今は事情が違う。私はあなたの上官であり、あなたは私の部下だ。今ここにはわれわれ二人しかいない。私はあなたに会うために来た。何も持っていない。だが、あなたの手には銃がある。あなたがこんなことをやりたかったら、軍を連れて行こうというなら、まず私を撃ち殺さなくてはならない。もし私を殺したくないなら、私はあなたの上官だ。あなたは動けない。私はあなたに命令することになる。あなたには二つの選択肢がある。私を殺すか、私の命令を聞くかだ。自分で選んでほしい。
 郭松齢は泣いた。こんなことを言ったようだ、私は恥ずかしい。私は山海関を突破できなかった。今は人にくっついて、人の手伝いをしている。つらい。あなたの顔にも泥を塗った。
 私は言った。そんなことを言わないで欲しい。私のどの顔をつぶしたというのだ。
 郭松齢はただ死を求めるのみと言う。私は、そんなことを言うなと言った。
 彼は泣く。なぜそんなに涙を流すのだ。
 もう人の手伝いなどしたくない。死を求めるのみだ。自分で死にたい。私は言った。ではいいだろう。もう死を決意しているというなら、それはいい。あなたは私の顔をつぶした、山海関を突破できなかった、もはや死を決意しているという。それなら戦場に行って死ぬことだ。そこで全力で戦えば、私の顔を立てるということにならないか。あなたもよい死を得るのではないか。死ぬのなら、戦場で死んだらどうだろう。
 彼はうなずいて、ハオ! と言った。

 中国の軍閥時代についての本。副題にある1915-28は、著者の説明を引けば「国家の統合が壊れた袁世凱統治期の末から、蒋介石が全中国を統一するまでの軍閥混戦の時代」であり、また「日本が中国に二十一か条の要求を突きつけた」年から奉天張作霖が爆殺された」年まででもある。学校の世界史に代表される日本で一般に紹介されている歴史では、この期間の中国は国共合作に北伐、そして上海クーデターといった、その後の国民党と共産党のための前史、というような扱いで、軍閥関係者で知られているのは袁世凱張作霖のほかはせいぜい段祺瑞、という程度だと思う*1。しかし本書を読む限り、同時代の政治・軍事に対して直接的な影響力を持っていたのは明らかに軍閥のほうであり、しかも相当に激動の時代だ。国民党が広東、広西を統一し大軍閥と戦える力を持つのはようやく1926年になってからであり、その間には軍閥間の大きな戦いが何度も起こっている。また「革命の父」こと孫文共産党にはかなり辛辣だし(孫文に対してはエクスキューズはあるが)、ボロクソに言われているイメージしかなかった陳炯明には好意的な記述が多い。
 そういった歴史が日本で知られていないのは、中国から輸出された革命史観に基づいているから、という著者の意見はもちろん正しいだろう。一方で、激動の時代だからそれが教科書的な概説史で重視されるかというと、中国だけを例としても三国時代五胡十六国五代十国……とむしろ真逆だ。通史的な歴史記述はもっぱら進歩史観を内包しており、激動の時代はそれゆえに社会制度の整備がない=前時代と変化が少ない、進歩がないとして軽視される、という面もある気がする。
 
 参照元の中国語文献はタイトルを見る限り人物伝・評伝に類するものが多そうで、実際にこの本もそういった有力者の行動を中心にした歴史記述となっている。属人的な、いわゆる英雄史観の類は、現代では冷たく見られがちだけれど、しかし読みものとして抜群に面白かった。二段組みで本文だけでも380頁近い大部だが、まったく飽きることなく一気に読めた。   
 豊富なエピソードを通じて、登場する軍人たちの人物像が魅力的に描かれている、将としての器や、部下としての見込んだ相手への忠誠心、勢力間や列強(もっぱら日本)との外交能力に、中国らしく諸葛亮にも喩えられる戦場での知謀、あるいは脱出する敗者を見逃したり、政敵への暗殺を忌避(例外はいる)したりといった彼らなりの倫理感(いわゆる「侠気」なのだろうか)……。学術論文的形式ではないながらも注は細かく付されているとはいえ、特に人物についての記述は元文献がどこまで信憑性のあるものなのかやや怪しい気もするが*2
 特に袁世凱と徐世昌、段祺瑞と徐樹錚、曹錕と呉佩孚、張学良と郭松齢あたりのエピソードには、利害関係だけではない絆*3が感じられるし、著者も力を入れて書いているように思われる。冒頭で引いたのは、張作霖の長男である張学良と、彼の士官学校時代の師であり、最も信頼された部下だった郭松齢の、おそらく軍閥間での最大の戦いである第二次直隷・奉天戦争中の会話。のちに郭が張作霖に反旗を翻し、敗れて処刑される際、郭が遺書を宛てたのは学良に対してであり、学良は(明らかに無理なのに)郭をなんとか助命しようとしていたという。この部分は晩年の張学良による口述の引用であり、つまりブログに引くのは孫引きにあたり、本来よろしくないのだけれど、しかしこの場面を本書中もっとも印象的なものと感じる人は多いのではないだろうか。これこそ本当に二人しかいない場面だろうし(副官/護衛なんかがいたら茶番にすぎる)、張学良の言うことが歴史的事実である根拠なんて一切ないけれど、89歳の張学良が語ることを欲望したのがこの話である、と考えるとそれ自体エモーショナルに思える。
 とはいえ個人的な嗜好としては、大多数の権力を持たない人間たち個々についてはその生死さえ顧慮しない立場にある人間同士の個人的な関係について萌える気にはあまりならない。彼らを人格的にどう評価するかというよりも、権力者たりえない私のポジショントークだが。


 著者のブログも面白い。電子版では改訂が入っているそうなので、今から読む人はそちらのほうが良いかもしれない(「張作霖の盟友」呉俊陞という記述に、他の箇所を見る限りそこまでの関係なのか……? と思っていたが、電子版では削除されたらしい)。

*1:予備校時代の教材を引っ張りだしてきたところ、講師オリジナルのテキストには3人に加え馮国璋・曹錕・呉佩孚の名前が記されていた。ほとんど世界史と国語で大学に入ったようなものの私だがさっぱり記憶にない

*2:ごく限られた人間しかいないはずの場での様子が書かれすぎていて(「誰々は声をあげて泣いた」みたいな)、事実なら情報管理が甘すぎるだろう、と思う

*3:という表現は嫌いで、それはまさにこういうことに使われがちだからなのだが